2006年09月21日

【旅行作家】になるために vol.3

親友のお父様が三越の外商部部長だったご縁で、大学時代の四年間は、毎週土・日を、三越・アルタ事業部(新宿)でアルバイト。
(この頃は、TV番組「笑っていいとも」草創期で、羽賀研二さんが初代“いいとも青年隊”として人気を博していたとき。荒天で、スタジオがガラ空きの日などは、時々サクラをしたものです。。)

私の担当は、地方から訪れるお客様向けに、アルタ ALTA 特製のグッズ(バッチやTシャツ!)商品を販売する看板娘役。接客の面白さを知ったのは、このときでした。

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ときは1986年、大学3年の秋。三越社員向けの米国流通業界視察研修旅行に参加したことにより、私の職業観に、大きな変化が現れます。(要は、キャリアウーマンを目指す決意が、固まった!)

このツアーは、三越の在外店舗はもちろん、大型SCや全米で人気の専門店を視察するテクニカル・ビジット。東部ボストンから、ニューヨーク、そして西部ロサンジェルス経由、ホノルルと、米国周遊の旅でした。
**LAでのフリータイム時には、かつてのホストファミリーとも再会!私が以前使用した、ゲスト用のお部屋もそのままに。。


その当時、全米で人気が高まりつつあった【バナナ・リ・パブリック】や【シャーパー・イメージ】、【ザ・コンプリート・キッチン】など、どれもが新鮮な品揃え&ディスプレイ♪という新進気鋭の専門店に、(当時の)若い感性は刺激されっぱなし。。
また、三越が長らく独占契約をしていたティファニーのNY本店では、商品レクチャーを受ける機会にも恵まれました。

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ところで、昨年上梓した『悠々ロングステイガイド台湾』(千葉千枝子著/定価980円)や、ちばテレビで放映されたロングステイ特番に取材協力いただいた、台北の【新光三越】は、その当時お世話になった三越社員の方がご赴任された先。撮影等でも、格別なご配慮を戴きました。
ひとの「縁」とは、本当に、不思議なものです。

さて、将来の職業選択を意識し始めたその頃の私は、【国際経済】専攻の田中拓男ゼミ(経済学部)に所属。ゼミ仲間と共に、おもにアジア域内を視察旅行するようになります。
**同じく86年、ゼミ仲間と視察に訪ねた台湾(画像上)は、まだ戒厳令がしかれていた頃。英語を喋るひとは少なく、切符を買うのも筆談だった。下の画像は、まだ英国租借地時代の香港。低空飛行での啓徳空港、ビクトリアピークからの百万ドルの夜景が印象的だった。

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【旅行作家】になるために vol.1
【旅行作家】になるために vol.2
posted by 千葉千枝子 at 01:32| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(3) | 旅行作家・観光ジャーナリスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする