2011年03月22日

お悔やみ御礼 

数々のお悔やみのお言葉を頂戴しまして、何と御礼申し上げればよいのか。ご厚情と励ましを心から深謝申し上げます。
訃報をネットニュースなどでご覧くださいました方もいらしたようで、多くの方々から愛された祖父・下川原孝の偉大さを、あらためて痛感しております。コメントを涙して拝読いたしました。有難うございました。

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被災地の凄惨さは、想像をはるかに超えておりました。映像や画像では伝わることのない、潮とヘドロ様の匂いに包まれた被災地。これが津波の恐ろしさなのでしょう。104歳のアスリート祖父を蔭で支えてくださいました多田様には、本当にお世話になりました。また、栄養管理から身の回りの世話まで献身した叔父叔母ともに三人が、同時に命を落としたことは本当に残念でなりません。

現地に入りわかったことに、市が指定した津波避難所(津波の恐ろしさをよく知る三陸の人たちは、常々、津波が来たときを想定して指定された避難所へ避難訓練を行っていました)が完全に水没。その避難所内で、三人が発見されました。奇しくも私が出生した、旧市民病院のビルでした。このビルは、下川原家の菩提寺・石應禅寺(せきおうぜんじ)の山門まで、ほんのわずか。しかし津波は残酷にも、山門に達したとされます。
祖父らの遺留品には、災害用の鞄がそれぞれ見つかりました。通帳やらを小さくまとめていたのです。“想定外”の震災だったと人々は口にします。とはいえ自然の脅威は、人の想定をはるかに超えているのだと、今回の震災が如実に物語っているのです。












posted by 千葉千枝子 at 00:00| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ライフスタイル全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする