2011年04月03日

被災地を歩いて 失われるふるさとの光景 <岩手県陸前高田市>

やっと今日、この画像を皆さまへお届けしたい気持ちになりました。壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市の、震災後11日目の画像です。

IMG_9089a.jpg


那覇でニュースを観ておりましたら、菅首相が被災地・陸前高田市の避難所の一つ、米崎小学校の体育館を訪ねる光景が目に留まりました。私の父や、従兄弟たちが通った小学校で、私も幼いころ毎夏、お盆の帰省時には、この米崎小学校の冷たいプールで泳ぎを楽しんだものです。

青松麗しい高田松原の堤防が無残にも決壊、国道45号線が寸断されている様を、遥か遠くから撮りました。山の手を走る343号線から、ほんの少し海側へ折れたところから、この光景が広がったことに大きなショックを受けたのは言うまでもありません。そして松の大木が、山手の農村地帯へと数々、流されておりました。それでも巨大津波に耐え、わずか一本の松が生き残りました。その一本に、希望の二文字があるはずです。


一般の方が被災地へ入るのは、未だ慎むべきときにあります。物流や捜索、被災者の移動に障害となるのは自明の理。遺体の身元確認で通行を許可されました私どもも、成すべきことと、そうでないことを判断してのとんぼ帰りでした。そして震災後1ヵ月が間もなく経とうとしている今、被災者の移送や宿泊の受け入れに、観光業のプロたちが一丸となり始めています。

ラベル:岩手県
posted by 千葉千枝子 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ライフスタイル全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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